第5章 このスケベ!
中山美由は同じように訝しげな目で姉を見やり、遠慮なく工藤達央を指さした。
「姉さん?」
「冗談でしょ? この歳で医者って……私、殺されない?」
中山紗奈は困ったように苦笑する。
「……ふざけてないよ。この方の腕は“大物”が保証してる。大丈夫、安心して」
美由はふう、と息を吐き、工藤へ視線を戻した。
「ねえ。私が何の病気か、分かるの?」
工藤達央は黙って頷き、ぽつりと洩らす。
「珍しいな……絶寒脈に出くわすとは」
「だが、お前の症状は絶寒脈だけでは説明がつかない。妙だ」
そして、淡々と言い放った。
「服を脱げ。確認が必要だ」
「はあ!? 脱ぐ!?」
美由は羞恥と怒りで顔を真っ赤にする。
「病名も分からないくせに脱げって、スケベ!!」
「どうせ見たあと『治せません』って逃げるんでしょ!?」
「全部じゃない」
工藤は表情ひとつ変えない。
「下着は残していい」
「それでもイヤ!」
美由は歯を食いしばる。
「姉さん! 私、こいつ信じない! 追い出して!」
紗奈も迷いがよぎった。だが、工藤は森田会長の紹介だ。詐欺師だと決めつけるわけにもいかない。
「美由。医者の目に映るのは病気だけ。男とか女とか、関係ないの」
「お願い……言うことを聞いて」
「姉さん! あんたまで――!」
美由がなおも言い返そうとした、その瞬間だった。
興奮で血が上ったのか、胸の奥から熱が突き上げ、額に陰りのある“死の気配”がにじむ。
工藤はそれを一瞥しただけで、淡々と踵を返し、病室を出ていく。残したのは、冷えた一言。
「好きにしろ。命はお前のものだ」
「俺はお前の親父じゃない。無理に救う義理もない」
「……あとで、その強がりが続くといいな」
死にに行く奴を、神様だって救えない。
「命に関わる? 騙されるかっての!」
美由は鼻で笑い、紗奈へ吐き捨てる。
「ほらね。私が言った通りでしょ。詐欺師だから、バレたと思って逃げたんだよ」
病院の専門医たちも口々に同調した。
「ええ、詐欺師でしょう。美由様の容体は今のところ落ち着いています。すぐに命に関わるような状態ではありません」
「中山社長、ご安心ください。江北同済堂の島田名医にはすでに連絡済みです。すぐ到着します」
「美由様の病は、必ず解決できます」
紗奈は返事をしなかった。
無意識にスマホの時刻を確かめ、胸の奥に小さなざわめきを抱える。
――工藤達央の言葉は、当たっている気がした。
……
病院、外傷外科病棟。
今井錦司の怒号が、廊下を震わせて響き渡っていた。
「役立たずが俺を殴りやがった! 絶対に生かしておかねえ!」
「今日から江北は、俺がいる限りあいつの居場所はねえ!!」
有村母が慌てて媚びるように頷く。
「今井さんのおっしゃる通りですわ。あの役立たず、何を血迷ったのか……」
「有村家も絶対に許しません。今井さんほどのお方が、あんな者でお心を乱す必要はありません」
今井錦司は荒い息のままスマホを掴み、今井紘也へ電話をかけた。
繋がるなり、泣き叫ぶ。
「父さん! 殴られた! 俺のために――!」
「俺を殴ったってことは、父さんの顔を殴ったのと同じだ! あいつを――」
だが返ってきたのは、怒号だった。
「このクソ野郎! 外で何をやらかした!」
「お前、天龍グループに何をした! 今すぐ殴り殺したい!!」
一方的に通話が切れる。
今井錦司は呆然とスマホを見つめた。
……親父、どうした?
そう思う間もなく、病室のドアが――ドンッ!――と蹴破られた。
「父さん……?」
今井錦司が声をかけるより早い。
「父さんなんて呼ぶな! 俺はお前みたいな馬鹿息子を持った覚えはない!」
今井紘也は怒り狂ったまま椅子を掴み、ベッドの今井錦司へ叩きつける。
「クソ野郎! お前、何をした!」
「天龍グループが、うちとの取引を全部打ち切った!」
「『息子を躾けろ』だと! 言え! 何をやった!!」
「俺も会社も殺す気か!」
「ち、違う! 俺は知ら――あああっ!」
悲鳴が、階を貫いた。
……
工藤達央は中山美由の病室前に立っていた。
看護師と看護師長が慌ただしくエレベーターへ走っていく。
若い看護師が訊く。
「何があったんです? 上、誰か叫んでません? すごい声……」
看護師長が早口で答える。
「さっき、誰かが病院に乗り込んで、息子の両脚を折ったって。救急に回してるけど、上が人手不足なのよ」
工藤は小さく笑った。
スマホ画面には、先ほど自分がかけた通話履歴が残っている。
……
時間が過ぎる。
五分が迫った。
美由の顔色が、みるみる灰白へ落ちていく。魂が抜けたように身体が崩れ、ベッドに沈んだ。
「――ああっ!」
苦痛の叫びが病室を裂く。
紗奈の顔から血の気が引いた。
専門医たちが叫ぶ。
「まずい! 急いで救急処置を!」
「早く! 美由様を――!」
「誰も触らないで!」
紗奈は病室を飛び出し――その瞬間、背後から大きな影に包まれた。
気づけば、工藤達央の胸にぶつかっていた。
柔らかな身体が彼の腕に触れ、紗奈ははっとして身を離す。だが、恥じる余裕などない。
「工藤さん! 妹が――!」
「慌てるな」
工藤は淡々と言った。
「少し苦しむだけだ。治せる」
彼は病室へ入ると、専門医たちを冷たく一瞥し、短く告げる。
「全員、出ろ」
医師たちは眉をひそめたまま動かない。
紗奈の声が凍りつく。
「出ていけって言ってるの、聞こえませんか?」
ようやく医師たちは渋々、病室を出ていった。
工藤は紗奈へ向き直る。
「お前、処女だな?」
紗奈は目を見開き、頬が熱くなる。
「……はい。どうして、それを……」
「ならいい」
工藤は続けた。
「妹の服を脱がせろ。お前も脱げ」
「え……私も……?」
紗奈は戸惑う。妹の治療なのに、なぜ自分まで。
だが、美由の苦しむ姿を見て、問い詰める余裕は消し飛んだ。手が震えながらも頷く。
工藤は淡々と説明する。
「お前たち姉妹の体は普通とは違う。二つの絶脈を宿す体」
「妹は寒脈、お前は炙脈」
「寒脈が暴走すると、冷気が内臓にまで入り込む。いま妹に起きているのがそれだ。命に関わる」
「炙脈が暴走すると、最初は生理周期が乱れる。やがて子どもを産めなくなり、最後は体内を巡る脈が焼き尽くされて死ぬ」
「二つの絶脈を宿す体だ。俺に会わなければ、二人とも助からない」
紗奈は息を呑んだ。
自分の生理周期の乱れは、もう何年も続いている。すべて言い当てられていた。
「幸い、二人とも処女だ」
「鬼谷十三針で、生まれつき備わった血の巡りを整えれば治せる」
紗奈は唇を噛み、手を速めた。
妹と自分の服を脱がせ、下着だけを残して横たわらせる。
